イギリスの貧困家庭が、じわじわと苦しんでいく様子を容赦なく描いた良作。脚本、ストーリー、演技は素晴らしく、完成度は高いものの、いかんせん不幸エピソードが多すぎて、見ていてつらなくなる映画です。64点
家族を想うときのあらすじ
リッキーと彼の家族は経済的危機に陥っていた。そんな彼はなんとか状況を変えるために運送業をフランチャイズで始めることにする。
その会社には雇用契約がなく、リッキーは個人事業主という形で、自分でトラックを用意して働くしかなかった。悪条件だったが、数年先にはマイホームが買えると信じてリッキーは妻のアビーを説得し、彼女の車を売ってトラックを買い、必死で働き始めた。
ところが厳しいノルマを達成するためにリッキーは日々ストレスを抱えることになる。運送先の客たちも一筋縄ではいかない曲者ばかりだった。
一方のアビーは介護士として老人たちの家を回る仕事をしていた。彼女の仕事もまた条件が悪かった。車を売ったためにバスで移動するしかなくなった。その交通費すら支給されなかった。
やがてリッキーとアビーが仕事で家を空けることが多くなったせいか、息子のセブが非行に走るようになる。セブは友人グループとグラフィティに夢中で、落書きを描いては罰金を課せられることもあった。
そんなある日、セブが学校で喧嘩をし、相手を怪我させてしまう。リッキーとアビーは学校に呼び出されるも、リッキーはノルマのためにとても学校に行ける状況ではなかった。しかしそのことがきっかけで家族に深い亀裂が生じる。
家族を想うときのキャスト
- クリス・ヒッチェンズ
- デビー・ハニーウッド
- リス・ストーン
- ケイティ・プロクター
家族を想うときの感想と評価
「わたしは、ダニエル・ブレイク」、「エリックを探して」のケン・ローチ監督による、イギリスの貧困家庭をつづった、やるせない家族ドラマ。
経済的な困難を抱える一家の夫が、ブラック企業に勤めたのをきっかけに負の連鎖に陥り、家庭が徐々に崩壊していく様子を描いた悲しすぎる物語です。
「わたしは、ダニエル・ブレイク」はやるせなさの中にも感動がありましたが、本作はただただ悲惨な状況に唖然とし、同情するしかない内容になっていました。
貧困にあえいだ末にまともな思考ができなくなり、社会に搾取されていくだけの真面目な家族にこれでもかというほど不運が続くため、見ていて結構しんどかったです。
一家の不幸の始まりは、夫がブラックな運送会社に勤め始めたことでした。面接の時点で、会社は向こうに都合のいい条件ばかりを出してきます。
ここで働く者は社員ではなく、それぞれがオーナー。そのため決められた勤務時間もなければ、固定の給料もなし。サービスに応じて運送料が支払われるだけ。運送に使う車は自分の物を用意するか、会社の車レンタルするか、などこの時点でかなり怪しいのが分かります。
フランチャイズは日本でも度々問題になっていますが、本社がブラック企業だと、個人オーナーやパートナーといった人達を奴隷のように働かせて、搾取して儲ける仕組みになっているので質が悪いですよね。あれ、もしかすると、この映画って佐川急便をモチーフにしてるのかなぁ?
無職のリッキーのような人間からしたら選択肢がないので、ブラック企業の悪条件でも仕方なく受け入れてしまいます。そしてそれこそが搾取の構造の根深さを表していました。
一日中必死で働いているし、少しはお金も入ってくるから前進しているような気になるんですよね。しかし次第に無理なルートやとても運びきれない荷物の量を任されるようになり、できれなければ罰金を課せられる、というとてもフェアとはいえない労働環境からリッキーは抜け出せなくなります。
厳しいことを言えばリッキーがただ間抜けだった、といえなくもないです。そして仕事内容をよく知らずに夫を応援するために自分の車を売ったアビーもまた同じなのかもしれません。そもそもリッキーは契約書もろくに目を通さずにサインしてしそうですもんね。
マイホームが買えるとか、自分がオーナーだとか、漠然と夢を感じさせるふわふわしたキーワードに魅了されて、搾取されていることに気づかない。それがまさしく社会の闇、貧困の闇という感じがしました。
ただ、リッキーもアビーも気のいい夫婦なので、やはり誰もが強い憐憫を抱くのではないでしょうか。特にアビーは心優しい妻であり、母親であり、労働者ですね。喋り方に愛情が感じられるのがいいですね。
介護に対する向き合い方も素晴らしいし、常に利用者を自分の母親のように接するとかなかなかできるもんじゃないですよ。
そんな二人の息子と娘も根はいい子たちで、子供たちのことを想うと、ぐっと来る視聴者も少なくないはずです。
息子のセブは年頃からか軽く不良っぽくなっていて、それが両親を苦しめます。一方の娘のライザは常にトラブルの仲裁役を担っていて、末っ子なのに気が利くし、他人思いです。母親譲りなんですかね。
普段だったら夫婦仲も良く、優しい二人の子供にも恵まれた幸せな家族です。それが夫の仕事が上手くいかなくなったことで、バランスが崩れて、ボロボロになっていく展開がリアルでした。そういう意味では家族ドラマというより、いかにブラック企業が家族の幸せを奪っていくか、みたいな話でしたね。
たいがい、この手のストーリーは不幸に不幸を重ねて、最後は光を見せて温かく終わっていくものです。しかしこの映画に限っては違いました。最後まで救いの手を差し伸べずに、絶望の中で終わっていきます。
リアリティーを追求したら、あのエンディングが正しいエンディングでしょう。ただ、ハートフルな終わり方を期待していた僕にはきつかったです。ものすごい不幸な気持ちになりました。
コメント
実質的にはその会社の従業員なのに、形式的に「委任委託契約」にして本来支払うべき「雇用コスト」を逃れる「偽装委任・委託」は英国だけでなく、日本でも普通にあります。ホテルや病院・福祉施設等で使っているリースのリネン類を運んでいるトラックドライバーは殆どこれです。
求人等で見ると、月収は凄い良いのですが、会社は従業員として「雇用」していないので、結局社会保険料等 本来会社が払うべき費用を全部自分で払わなければならないので、実際の手取りは少額です。
ハッキリ言って、本来的には違法行為なのですが、野党・マスコミ・日弁連等の「弱者の味方」を自称している左翼系人士が無関心なので放置されている現状は、以前野放しにされていて、今は壊滅させられた消費者金融の「グレーゾーン」金利と同じです。
ただ、この映画に関して言うと、本来こういう「社会問題」を扱う作品は「何が問題なのか」という論点を個別に提示していくべきなのに、ケン・ローチ監督が妙に物語作りに長けているせいで、全体的に情緒的な作品になってしまっています。(個々の描写はリアルですが)
例えば、父親の置かれた窮地にしても、あのバカ息子が要らん事をしなければ、あそこまで絶望的な状況にはならなかったでしょう。