世界に向けてブラジルの民主主義の危機的現状を伝えたブラジル映画。よくこんな映像撮れたなぁ、というぐらい大統領に接近しています。75点(100点満点)
ブラジル消えゆく民主主義のあらすじ
長年に渡ってブラジルを支配していた独裁軍事政権の最中、労働者の中からカリスマ性の強い男が現れ、労働者のために民主主義を建設することを国民に呼び掛けた。
彼の名はルーラ。たちまち労働者のヒーローとなったルーラは労働者のための政策を提案し、貧困者を救うため労働者党(PT)を立ち上げた。
軍事政権が倒れ、ブラジルが民主主義を手にし、大統領の直接投票が行われるようになると、ルーラはさっそく大統領選に出馬した。
大統領選では何度も敗れたルーラだったが2002年に初当選する。労働者出身の彼が大統領にまで登りつめたことはある意味革命的なことだった。
それによってブラジルは平等のため、民主主義のために改善されていくと思われた。しかしルーラの後継者のジルマ・ルセフ大統領は弾劾によって追放され、さらにルーラまで高級アパートビルを不正に受け取ったとして、汚職とマネーロンダリングの罪で起訴され、逮捕されてしまう。
ところがその裏には彼らを陥れようとする大きな陰謀が隠されていた。
ブラジル消えゆく民主主義のキャスト
- ペトラ・コスタ
- マリリア・アンドラージ
- ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ
- ジルマ・ルセフ
ブラジル消えゆく民主主義の感想
ペトラ・コスタ監督による、軍事政権を経て民主主義を勝ち取ったブラジルの歴史と、労働者党から大統領になったルーラとジルマ・ルセフの失脚によって民主主義が脅かされている状況をつづった記録映画。2020年アカデミー賞ドキュメンタリー部門のノミネート作品です。
複雑なブラジルの政治をとても分かりやすく描いている作品で、左派である労働者党側の目線で描かれているのが特徴です。
文字通り大統領に密着して撮った驚きの映像集で、歴史的瞬間を迎えた大統領の素顔が映っています。
結論からいうとすごく面白かったです。ただし、ブラジルの政治、あるいはブラジル自体に興味がない人には、全くピンとこないかもしれませんね。
政治思想や立場が違う人からしたら監督の意見、目線に賛成できないことも多々あるだろうし、客観的、または中立な立場で描かれた、と言っていいかどうかは難しいところです。
その一方でルーラ政権が設立されてから後継者のジルマ・ルセフが初の女性大統領となり、また弾劾に遭って大統領を辞めさせられ、さらにはルーラまで逮捕されてしまった背景に一体どんなことがあったのか、ということを簡潔に伝えていて、ずっとブラジルに住んでいる僕からしても、分からない部分がクリアになったことが多々ありました。
ブラジルの政治の中ではびこっている汚職は、そんじょそこらのサスペンスドラマなんかよりもずっと非現実的で、アンビリバボーな出来事だらけで、何が真実なのか、あるいは誰が実際に不正を働いているのかは、僕を含めてブラジル国民の大半が理解できていないはずです。
そもそも昔から不正や汚職を基に成り立っているので、どこかを叩けば必ず埃が立つような有様です。全くクリーンな政治家なんて一人もいないんじゃないかなぁ。
大統領もそんな環境下で指揮を取らないといけないから任期中に近い人物の汚職が明らかになれば当然関与が疑われ、その責任を問われる、ということの繰り返しになっています。これは誰が大統領になっても同じで、まるでコントみたいですよ。
それもそのはず、ブラジルの政治の実情は、国を良くするため、国民のために存在するのではなく、政治家たちが自分たちの利益、興味のために不毛な権力争いをしているだけだからです。
この映画が解説しているように、今思うと、ジルマ・ルセフの弾劾も正当だったかどうか疑問ですね。確かに国民が選挙で選んだ大統領を、一部の議員の投票によって追放するかどうかを決めるなんて民主主義に反していることですよね。
また、投票の際にいちいち議員たちが「家族のために」とか「神のために」とか大義名分を掲げて熱狂的に演説するのが茶番でしかないです。
でも当時は僕も当然だと思っていたし、多くの国民も同じように思っていたはずです。そういう意味ではみんなメディアに踊らされていたのかもしれませんね。
やはり歴史は振り返ってみて初めて、あれは正しかった、間違っていたって気づくものなんですね。歴史が動いている瞬間は国民が熱狂の中にいるから何が起きているのかよく分からないのかもしれませんね。
史上最大のデモが勃発していたのもちょうどジルマ・ルセフの弾劾が起こる直前のことでした。国民総出の出来事だったので僕も興奮の中、デモの様子を見に行きましたよ。
当時、僕が撮った写真がこれです。
何百万人という人々が道に出て、ジルマ・ルセフの退任を叫びはしたものの、彼女の後任のテメルがその何倍も極悪人だった、というオチまではこのとき誰も考えていなかったでしょう。なんて皮肉なんだろう。
この映画ではルーラが不当に逮捕され、ルーラを起訴した人物が法務大臣に就任した、というところで終わっています。
その後日談としては結局、ルーラの逮捕は不当だったとして2019年の年末に刑務所を出所して、とりあえず自由の身になっています。
がしかし、まだまだ労働者党と、労働者を敵視している政党やブラジルを操るエリート層とのバトルは続いていきそうです。
また、この映画ではルーラを権力争いの被害者として描いているようなふしがありますが、彼もまた全くの無実かという違うと思うんですよね。たとえ一連の汚職に関与はしていなくても、彼の任期中にありえない額の政府の汚職事件が起きているので、それを知らなかったってことはまずないでしょう。
ちなみに当時の汚職事件の捜査は、オペレーション・カー・ウォッシュと呼ばれており、ネットフリックスで「The Mechanism 」というタイトルでドラマ化されています。これもすごく面白いので興味のある人はぜひ見てください。実際に起きた凶悪事件を面白いっていうのも変な話だけどね。
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