決して楽しい映画じゃないけど、完成度の高い大人向け芸術作品。ロシアに興味のある人にはおすすめです。58点(100点満点)
映画ラブレスのあらすじ
12歳のアレクセイは放課後真っ直ぐ家には帰らず、町から外れた川沿いの森林を歩いていた。アレクセイは家に帰るのをためらうかのように一人森をさまよっていた。
それもそのはずアレクセイの母ジェーニャと父ボリスは離婚の話し合いの最中だった。それぞれにすでに新しい恋人がいて、アパートを売って、新しい人生を始めようとしている。
問題は誰がアレクセイを引き取るのか。ジェーニャもボリスもアレクセイの親権を相手に押し付けて、自分はゼロから人生を再出発することを望んでいる。
そんなある日、ジェーニャが家に夜遅く帰って来ると、翌日になってアレクセイの姿がないことに気づく。警察に行ってもまともに取り合ってくれずジェーニャとボリスは、ボランティアで人探しをしてくれる団体に捜索を頼むことに。
しかしどこを探してもアレクセイは見つからず、捜査は難航する。
映画ラブレスの感想
2018年アカデミー賞外国語映画ノミネート作品で「裁かれるは善人のみ」で知られるロシア人監督アンドレイ・ズビャギンツェフによる家族ドラマ。暗くて、冷たく、タイトル通り、愛情が一切感じられない、リアリティー溢れる物語です。
この映画を見て、ああ幸せを感じるぅ、という人はほとんどいないんじゃないでしょうか。登場人物には笑顔がなく、自己中心的で、家族にすら冷淡で、温かみがこれっぽっちも感じられません。
基本的に他人に無関心で、興味があるのは自分のことだけ。特にジェーニャのキャラがそれを象徴していました。
ジェーニャは、美人でいい体をしていて、まだまだイケイケという感じのお母さん。しかし息子には愛情を抱かず、夫には憎しみをぶちまけ、恋人といても常にセルフィーを撮っているほど、自分大好き人間です。
そんな彼女は息子が行方不明になると、彼の安否を心配するどころか面倒なことになったといわんばかりに「子供なんて最初から作らなければよかった」などという暴言を吐きます。
「もともと私は結婚なんてしたくなかった。ただ母親と一緒に住みたくなかっただけ。でもあなたに利用されて妊娠し、子供を産まされ、結婚するはめになった。あなたが私の人生を台無しにしたのよ。全部あなたのせいよ」。
こんな言葉を息子の捜索中に旦那にぶちまけるのでした。ジェーニャは自分が不幸であることが、思い通りにいなかったことが全て旦那の責任だとでも言いたげで、そのわがままっぷりがまた似合うから恐ろしいです。
旦那のボリスもボリスで、一応息子を探そうとはするものの、涙は一切流さないし、それほど大きな動揺も見せません。二人とも何か大切な感情が死んでるんですよね。
唯一、優しさを感じさせてくれるのが善意でアレクセイを探そうとしてくれるボランティア団体のメンバーたちぐらいです。
雪が降る寒い中、手分けして森の中に入り、廃墟となったビルを上り、12歳の少年が生存していることを信じて、夜遅くまで捜査してくれる彼らの善意こそがこの物語における唯一の希望であり、優しさでした。
それにしても本当にロシア人ってこんなに冷たいのかなぁって疑問に思うほど、人物描写は極端です。でもそこに妙なリアリティーがあるのも事実です。
物語が進むペースは遅く、最初の30分は前置きに割かれています。話が動きだすのは1時間が過ぎた頃で、少年が行方不明になってからはひたすら少年の居場所を探す出口の見えない悲劇と化します。
ラストの解釈は人によっても意見が分かれそうです。ジェーニャとボリスが見た子供は果たしてアレクセイだったのかどうか。二人のリアクションは現実逃避だったのかどうか。
初めて感情らしい感情をむき出しにして泣き崩れる二人を見て、まだ人間らしさが残っていたんだなあと思って、どこか安心する自分がいました。少なくともまだ涙は枯れていなかったんですね。
そしてそれに続くTVで流れるロシアのウクライナ侵攻のニュース。果たして監督はこの作品を通じて人間性や愛を失いつつあるロシアとその国民を描きたかったのでしょうか。うーん、分からない。
コメント
映画の舞台がロシアだっただけで、ロシア人が冷酷だという判断は行き過ぎではないでしょうか。
このようなことは今の世界ではどこでだって起こり得るもので、それにこれはフィクションです。ロシアのリアルを描くノンフィクションではなく、現在社会における我々の他者への愛情の欠如、「ラブレス」の問題を描いているのではないでしょうか。
私はロシアに住んでいた経験もありますし、この映画で描かれていた時期もロシアにいました。たしかに、ロシアでは日本より悲しい出来事が多いのは事実かもしれません。ただ、この映画を見ればロシアのリアルがわかる、と書かれると、私はとても悲しいです。繰り返し言いますが、これはどこでだって、どこの国でだって起きうることだからです。
ロシア社会は日本よりも厳しい面は確かにあります。ただ、私は、愛情深く、知らない相手にでも手を差し伸べ助け合う、素晴らしいロシア人を沢山見てきました。日本ではあまりロシアのことが知られていないようですが、どうか、冷酷な民族だという誤解はしないでいただきたいです。
ロシア人が冷酷だ、なんてどこに書いてあります?
「本当にロシア人ってこんなに冷たいのかなぁって疑問に思うほど、人物描写は極端です」ってむしろ疑問を呈しているんですけど。