「別離」、「セールスマン」、「ある過去の行方」、「エブリバディ・ノウズ」、「英雄の証明」のアスガー・ファルハディ監督の秀作。「別離」に負けず劣らずの深い人間心理を描いた映画で、その面白さと精密さに思わずひれ伏してしまいそうになる一本。82点(100点満点)
彼女が消えた浜辺のあらすじ
テヘラン近郊の海辺のリゾート地にバカンスに訪れた男女の中に、セピデー(ゴルシフテェ・ファラハニー)が誘ったエリ(タラネ・アリシュスティ)もいた。 トラブルに見舞われながらも初日は楽しく過ぎ、2日目に事件が起きる。海で幼い子どもがおぼれ、何とか助かったものの、エリの姿がこつ然と消えてしまっていたのだ。
(シネマトゥディより)
彼女が消えた浜辺の感想
「別離」の俳優陣と同じ顔ぶれもちらほらいて、大勢のセリフが飛び交う難しい役割をそれぞれがきちんとこなしているのがお見事。
これが日本映画だったら、上手い俳優たちの中に一人アイドルとか歌手とかが混ざったりするんでしょうが、そんなスキはこの映画にはありません。
次から次へと事態が悪化していき、その都度新たな展開が訪れるノンストップの心理戦には見ているほうも体力を奪われるほどの見ごたえでした。
また、様々な謎を残しているところがさすがで、こういう映画は特に映画好きの男女がそれぞれの意見や解釈を持ち出してはディスカッションに花を咲かせることのできる数少ない映画でもあります。
おそらく多くの人の争点は、エリは死んでしまったのか、それとも失踪したのか、もしそうだとしたらなぜ? ということに尽きるのではないでしょうか。
これに対しては様々な憶測があるようです。そのひとつは、エリは戒律厳しいイランにおいてフィアンセとの関係をなかなか断ち切れない現実に嫌気がさし、望まない結婚をして不幸になるくらいなら死んだほうがましだと思い自ら海に飛び込んでいった。その気持ちを良くあらわしているのが劇中に出てくる「永遠の最悪より最悪の最後の方がまし」というセリフ。この辺りが多くの人が指摘するポイントです。
僕的にはしかしそんなところよりも、自分がエリだったら自殺するか失踪したくなるような場面が他にたくさんありました。まずはセピデーの存在です。
あいつは最初から最後まで嘘つきっぱなし、お節介しまくり女で、男女関係に厳しいイランにおいて宿のおばさんにあろうことか今さっき出会ったばかりだというのにエリとアーマドは新婚でこれはハネムーンみたいなものだから、なんとか部屋を提供して欲しいなどと軽率な作り話をします。
軽はずみな嘘はイタリアとかで言ってくれと思うんですが、この女は厳格な国イランで言ってしまうのです。それが後々とんでもない問題を起こすというのに。セピデーの存在自体が人から生きる気力を削ぎ取ります。
嘘つきセピデーもさることながら、旅行に参加したほかの家族全員も難ありでした。彼らはエリとアーマドをやたらと冷やかしたり、旅行初日の夜にいい歳したおっさんおばさんたちが一堂に会してジェスチャーゲームに講じたりと、あまりにも幼稚なのです。そこで部外者のエリはこう思ったに違いありません。
苦しんだ末にフィアンセと別れて、この男と結婚したところで、どっちみちこのアホたちと一生付き合っていかなければならないのか、と。この結論に達した時点で自分がエリなら自殺します。
コメント
この作品も観たいと思っていました。
映画男さん、、今日はなかなか高得点ですね?
楽しみ〜〜♪
hatena
これは非常に面白い映画で、つっこみどころを探すのに苦労しました。
、、たしかに、、
なかなか文句が現れないな〜って
思ってました。
それって、良い作品に巡り会えたってことですが
ある意味手強いって感じですね?
hatena
おっしゃる通り、手強い映画でした。
イランの映画ですか。実は行った事がある国です。今は亡き父が旅行中にイランで倒れてお迎えに行ったんです。
真夜中に病院のイラン人の夜勤の看護師さんと私のつたない中学英語と折り鶴で会話したことを思い出します。
彼女らの夢や恋愛観などを聞いたことなど。
結婚は未だに両親が決めて子供達は親の言うとおり結婚します。
その問いは教養があるイラン人の心の何処かに引っかかってるんだと思います。オランダ映画『ドゥーニャとデイジー』もモロッコ人の二人の女の子の悩みと友情がテーマで軽い映画だと思い借りたのですが若いモロッコの女の子がオランダで生きているが両親が昔の感覚の人なので結婚、妊娠など重いテーマの中で自分探しのかなり核心に迫った映画だったので「彼女の消えた浜辺」の映画男さんの感想を読んで、それを思い出しました。
イラン映画はそれほど見てないのですが、これと別離は特別面白かったです。ぜひ鑑賞してみてください。
イランの映画を初めて観ました。全く知らない女優さん、俳優さんばかりでした。最初の15分位まではセリフが飛び交い過ぎて俳優さんも女優さんも知らないので、慣れるまで(役割が分かるまで)戸惑いました。でも途中から身を乗り出して観入ってしまう映画でした。面白かったです。 俳優さん達はみんな上手いですね。子役さん達もとても自然でびっくりしました。それにしても、セピデー始め一癖も二癖もある親戚連中で、事件が起こるとそれぞれが人のせいにするいい加減さなのに、男女交際や結婚に対する考えだけは厳粛で、イランの道徳観はなかなか面白かったです。
このブログの読者になってから、寝不足が続いています。今日は寝ることにして、明日の日曜日は「オーケストラ」を観ます。
映画男さん 今回もいい作品ありがとうございました。
森さん
この監督のほかの作品もいいのが多いので、ぜひ見てみてください。
初期の作品でもこの秀逸なんですねー。
人間のエゴや本質、イランという国における女性の立ち位置と名誉を描いたリアリティのある作品でした。
みなが責任を追いたくない、誰かのせいにしたい、また、家族でもないよく知らない人間が行方不明になったことでの面倒くさい感、けど関わってしまった以上無視もできないという気持ちのはざまで生まれる謎の隠蔽体質w
この辺は国に関わらず、人間の本質といった感じがしました。
会話のみで進むさながら心理戦といった感じで、永遠流れる波の音がこんなに耳障りに感じた事はありませんでしたw
エリは本当に救助の為海に入ったのか、それともただ姿をくらましただけなのか、そのミステリーもうまく絡めてどう着地するのかハラハラ、着地も納得。
最後まで見ると、もしかしたら自ら海に入った可能性も捨てきれない思いにいたりますね。
その理由の一つとして映画男さんの説も十分有り得そうですww
この監督の人間の心理の描き方すごいですよね。