芸術性は感じられるものの、物語にそこまで引き込まれない作品。欧州映画祭向けの大人の人間ドラマです。55点
白い牛のバラッドのあらすじ
ミナは夫のババクに会いに刑務所を訪れた。その日は死刑判決を受けたババクが処刑される日だった。一年後、ミナは夫の死を嘆きながらもなんとかまた立ち上がろうとしていた。聴覚障害のある娘のビタにはお父さんは海外に行ったと嘘をついていた。
そんなある日、ミナは夫は冤罪を着せられたことを聞かされる。事件の証人が嘘ついていたことが発覚し、真犯人が捕まったのだ。ミナは信じられず泣き崩れた。国から補償金をもらえると言われたが、それよりも真摯な謝罪を求めた。しかしもう死んだ夫は戻ってこないと言われて誰もとりあってくれなかった。
再び絶望を味わうこととなったミナのもとに夫の友人を名乗るレザがやってくる。レザは夫にお金を借りていたからそれを返したいと言ってきた。お金だけではなく、レザはミナの境遇を心配してミナの身の回りの世話を親切にしてくれた。しかしそれにはある理由があったのだ。
白い牛のバラッドのキャスト
- マリヤム・モガッダム
- アリレザ・サニファル
- アーヴィン・プールラウフィ
白い牛のバラッドの感想と評価
ベタシュ・サナイハとマリヤム・モガッダムの共同監督によるイラン映画。不当な死刑によって夫を失ったシングルマザーと夫の友人を名乗る謎の男との心理的なせめぎ合いを描いた社会派ドラマです。
イラン本国では上映禁止になったそうですが、それほど問題作とも思えなかったです。別に死刑制度に一石投じてやろうとか、政府批判といった意図は感じられなかったかな。これでも検閲にひっかかるって相当厳しいですね。
イラン映画と聞くと、真っ先に「彼女が消えた浜辺」、「セールスマン」、「ある過去の行方」、「別離」などのアスガル・ファルハーディーを思い浮かべますが、本作は全く別の新人監督による同じ路線の映画という印象を受けました。演出といい、テーマといい間違いなくアスガル・ファルハーディー監督の影響を受けていますね。
ではアスガル・ファルハーディー監督作品ほど面白くて完成度が高いかというと、残念ながらそこまでのレベルではありませんでした。十分に見れる映画だけど、テンポ、演出、緊張感の作り方にやや難があり、眠くなる箇所がいくつかありました。
ほぼ無音なのも問題の一つかもしれません。もっとBGMを利用して場を盛り上げてくれればエンタメ度が上がっていたでしょう。しかしあえて武器を使わずに最低限の素材だけで挑んでいますね。
物語は、無実の夫を死刑にかけられたヒロインのシングルマザーが理不尽なアラブ社会に振り回される中、夫の友人を名乗る男に助けられ、彼と娘とヒロインが三人で時間を過ごしていくうちに家族愛が芽生えていくものの、実はその男は夫に死刑を宣告した判事だった、というのがストーリーの全てです。
つまるところ見所は、いつヒロインが男の正体に気づくのか。そして気づいたときにはどうなるのか、という場面です。ほかのシーンはその補足とイラン社会の背景を見せるために使われると思っていいでしょう。
未亡人のシングルマザーだと不動産屋が家を貸してくれないとか、親族以外の男を家に入れると大家から家を追い出されるとか、重大な冤罪事件を起こしても国は神の導きとして片付けようとするなど、イスラム社会の宗教、道徳、物事の捉え方などを見せていきます。
登場人物はわずか5人、6人の少人数、低予算映画です。そのせいか映像で物語を見せることはほとんどせず、わずかなセリフと登場人物の表情に解釈となるヒントの大部分が委ねられています。
それ以外はミルクとか牛といったメタファーを多用していて、タイトルも含めコーランの引用やその他のダブルミーニングを芸術要素として扱っています。
正直ラストまでは結構退屈ですね。ミナの夫が死ぬのは仕方がなくても、レザの息子まで死ななくても、という気もしました。ミナとレザの距離を縮めるために息子が死ぬしかなかったみたいな感じで、それなら息子の存在が最初からいらないですよね。娘を聾唖にする必要性もそんなに感じなかったかなぁ。
あれでもしヒロインと謎の男レザがあからさまにイチャイチャしだして恋愛関係になってくれたら、ラストがさらにワクワクするものになってたところでしょう。
しかし二人の関係もちゃんと描かず、それとなく暗示する程度です。ヒロインのミナが口紅をつけてヒジャブを外して部屋に入っていくシーンはその後彼女がレザを誘惑しに行く、というシーンだったのでしょうか。検閲でキスシーンも撮れないとなると、男女の関係を描くのが難しいですね。そこをはっきり描かないことにはラストで許すかどうか、愛するか殺すかっていうところにつながっていかないんですよ。
クライマックスのミルクシーンは飲んだところエンドロールにしたら最高でしたね。ヒロインにとって生かすのか殺すのか、レザにとっては後悔とも諦めとも罪滅ぼしともいえる見ごたえある場面でした。
それだけにその後のオチは不要だったんじゃないかなぁ。そうしたらあのミルクには何が入っていたのかと議論になっていたんじゃないでしょうか。家を出ていくにしても荷物あれだけのはずないしね。最後の部分いらなかったなぁ。
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