芸術的かつ、娯楽性もあって、ちょっと色っぽくもある上質のフランス映画。この映画をネタに何時間も酒が飲める、そんな作品です。76点(100点満点)
彼は秘密の女ともだちのあらすじ
親友が死去し気を落としていたクレール(アナイス・ドゥムースティエ)は、残された夫ダヴィッド(ロマン・デュリス)と赤ん坊の様子を見るために彼らの家に行くと、亡き妻の服を着て娘の世話をするダヴィッドに出くわす。
彼から女性の服を着たいと打ち明けられ困惑するクレールだったが、やがてダヴィッドをヴィルジニアと呼び夫に内緒で交流を重ねるうちに、クレール自身も女性としての輝きが増していく。
シネマトゥデイより
彼は秘密の女ともだちの感想
「危険なプロット」、「17歳」「婚約者の友人」「2重螺旋の恋人」「グレース・オブ・ゴッド告発の時」のフランソワ・オゾン監督による、女装男子と人妻の複雑な男女関係を描いた大人の人間ドラマ。
先の読めない展開、なさそうでありそうな設定、ユニークで興味深い状況を作ることに成功している見ごたえのある物語です。
物語は、ヒロインのクレールが幼馴染の親友を失くしたところからスタートします。
最初の10分はまるでCM動画のような美しい回想シーンが続き、いかにクレールと親友のローラが子供のときから仲良しで大人になっても大切な関係だったかを描写し、悲しみに暮れたオープニングとなります。
クレールはローラの死後も彼女の娘の面倒を見ることを誓っていた手前、葬式を終えてしばらくしてからローラの夫ダヴィッドのもとを訪ねます。
すると、そこには女装したダヴィッドが母親に扮して赤ん坊の面倒を見ているのでした。クレールは困惑しつつも、女装したダヴィッドに興味を抱き、二人は密会を始める、、、というのがストーリーの流れです。
構図としてはクレール、クレールの旦那ジル、ヴィルジニアことダヴィッドの三角関係ともいえますが、三人の関係性の複雑さといったら本人たちにも簡単には説明できないものがあって、そこがまた面白かったです。
クレールは男としてのダヴィッドではなく、女装したヴィルジニアに惹かれ、ヴィルジニアは男に惹かれるのではなく、女のクレアに恋をします。
そんな二人の関係を知らないジルは完全に蚊帳の外。かといってクレールとジルの夫婦関係がひどい状態かというとそうでもないのが不思議です。
男目線で見ると、自分の妻が女装癖のある男に恋をする、という話です。きついだろうなぁ、自分の嫁が女装したオッサンと浮気していたら。
怒るとかを通り越して、完全に別世界にいってしまった嫁を二度と自分のもとへ取り戻すことはできないことに気づいて絶望するでしょう。どう頑張ったって性別や外見や世間体を乗り越えてしまった二人の強い絆には敵わないもん。
一方で女性目線で見ると、クレールは最初から男ではなく女性を愛していたのではないかとも取れますよね。そもそも夫のことは愛していなかったんじゃないかと。
幼馴染の女の子とクレールの親密な関係性はその伏線だったんじゃないのか、と思うのです。
だからクレールは男のダヴィッドではなく、ダヴィッドが女装したヴィルジニアに惚れ、ヴィルジニアの中に幼馴染のローラの存在を見出していたのかなという気もしましたね。
いずれにしても単純に同性愛ドラマ、性同一性障害ドラマ、不倫ドラマといった言葉では表現できないドラマがそこにあって、それでいてリアルだからすごいですね。複雑かつ深かったです。深読みは嫌いだけど、これは深いよ。深い、深い。
彼は秘密の女ともだちのラストの結末
それになんなの、あの終わり方。あれ、誰の子供だよ。クレールと旦那はどうなったの? ヴィルジニアとはどういう関係よ?
あえて最後に説明を加えないところが憎いですねぇ、フランソワ・オゾン。説明がないので想像するしかない、という終わり方はいかにもフランス映画っぽくていいです。
つまりそれぞれの視聴者が自由に解釈してくれっていうラストなので答えは一つじゃないんですが、僕はあれはクレールとヴィルジニアが一緒になったと解釈しました。
真ん中に娘を歩かせて「両親」が両サイドを歩くっていうのはいわば幸せな家族の象徴だからです。お腹の中の子供はもちろんヴィルジニア(ダヴィッド)との赤ん坊。
クレールは最初のときは拒絶しましたが、あれから何度かチャレンジして子供ができたんじゃないのかなぁ。
ヴィルジニアもヴィルジニアとして生きることができる世界。それを受け入れている娘、というハッピーエンディングだったんじゃないでしょうか。
とはいえ、他の人の解釈もぜひ知りたいですね。どうかコメントください。
コメントどころか、もう今からみんなでコンビニでお酒買ってきて、あのラストについて家で語り合おうぜっていう映画でした。
コメント
こんにちは。いつも楽しく文句拝見しております。
確かにこの映画、見る人によってラストの解釈がかなり変わる映画ですよね。
私はお腹の子どもはクレールとジルの子どもで、
ヴィルジニアとは良い女友達になった、と解釈しました。
クレールが一番愛しているのはローラ、
その次がローラの面影を感じさせるヴィルジニア、
男の中での一番がジル、
恋愛対象として一番ナイのがダヴィッドなんじゃないかと。
クレールは、テニス後ダヴィッドとのキスを拒絶していたり、
ヴィルジニアのダヴィッドが見えたとたん行為を中断しています。
誰よりも愛しているローラの大切な夫と行為に及ぶ事に、罪悪感があったのではないでしょうか。
ここで私は、ダヴィッドの男の部分は愛する事が出来ないんじゃないかと思いました。
ジルとは、本意ではないかもしれませんが行為をしているシーンがあります。
なので、お腹の子はジルとの子ではないかと考えました。
ダヴィッドとの子どもだとするとジルが色々と不憫すぎるので、
そうだったら良いなという私の希望も入ってます笑
でもクレールとヴィルジニアもただの女友達の関係で終わらない気もするので、
結局ジルとは離婚して、ジルとの子どもを二人で育ててる、とかもあるかもしれない、、
これはかなり良い酒の肴になりそうですね笑
さっそくのコメントありがとうございます。そういう見方もできますよね。
僕の考えるランキングでは、ローラ、ヴィルジニア、ダヴィッド、ジルかなって思っちゃいました。やっぱりジルが最下位のほうが似合ってるかなと。ジルはクレールと結婚した時点で不幸になる運命だったんだっていう気がしてなりませんでした。ああ、かわいそうな男。
Twitterではお世話になっております。
いぁ 久々にいい映画でした。
不覚にもウルウルきてしまって・・歳はとりたくないなぁ(笑)です。
ゲイバー?のシーンや、別荘での回想を想わせるシーンでグッときましたね。
彼らのピュアさがじんわり胸に迫ってネ。
作品のバックボーンといいます、哲学的な意味で僕は最初ジキルとハイド氏を想起しました。
LGBTについて語りだせば尽きないのですが、苦しさや切なさ複雑な事情が少しわかったような気がします。
ラストは、これはもうハッピーエンドじゃないんでしょうか!?
クレールの精神は女性で心は女性が好き、でも神の御意志(抽象的ですが)で男とフィジカルに接触せざるを得ない運命を背をった人生だったけどダヴィットを通じて目覚めた。
ダヴィッドはその逆。
人間の崇高な精神と動物のサガとの葛藤を、なんとか叡智で切り分けて乗り切ろうとする当事者の苦しい事情が汲み取れました(勝手に思ってるだけですが)。
重たいテーマをとても綺麗に撮って「素晴らしい」の一言です!
コメントありがとうございます。すごく深いところまで考えましたねぇ。ゲイバーのシーンがラストに通じるので、確かにあそこは重要なシーンでしたね。登場人物たちがみんな感動していたし、印象的でした。
はじめまして。
『草原の実験』を検索していて、こちらに来ました。
おっしゃる通り、あの少女が主人公という予告を見て吸い込まれるように鑑賞しました。一目惚れのように(笑)
さて、こちらの作品ですが私は最近みた映画で一番というほど好きです。
こちらのレビューを読ませて頂き、私もラストは二人の子どもだと思いました。
ダヴィッドが昏睡状態になり、クレーヌがあの砂漠のバーで聞いた曲を歌いながら服を着せるシーンは彼女の歌声、様々なものが胸に浮かび涙が出ました。
勝手な解釈ですが、あのラストは本当に大好きです。ありのままで、どんな姿であろうと自信を持って生きる素晴しさを三人の前に広がる夕日を見て感じました。
フランソワ・オゾン監督の作品は人物だけでなく、自然への畏敬の念や本人がゲイであることからか答えは貴方にお任せします…という終わりかたがとても好きです。
クレーヌはヴィルジニアを通して自分を受け入れ、許す事を学んだのだと思います。ダヴィッドのカウンセラーが言った『悲しみは人それぞれ』という言葉も胸に残りました。
オゾン監督は作品の中に自身を投影したようなものが多い気がします。
長々とすみません。
いつまでも大好きな一本です。
やっぱり二人の子供ですかねぇ。どうなんでしょう。僕の中でもこの作品はかなり印象に残りました。オゾン、いいですよねぇ。