世界で最も優れたウエストコースト・ジャズのトランペット奏者の一人と称されたミュージシャン、チェット・ベイカーの伝記恋愛ドラマ。ドラッグに溺れる才能溢れるミュージシャンの栄光、転落、復活を悲劇的に描いた、人生を感じさせる作品。79点(100点満点)
ブルーに生まれついてのあらすじ
チェット・ベイカーはウエストコースト・ジャズの代表的なトランペット奏者としてジャズの世界で人気を誇っていた。しかし彼は大のヘロイン中毒で麻薬絡みのトラブルに巻き込まれることも少なくなかった。
ある晩、チェット・ベイカーはボーリング場を出たところで、数人の男に暴行を受け、前歯まで折られてしまい、そのせいで今までどおりトランペットが吹けなくなってしまう。
どん底に落ちたチェット・ベイカーは、恋人で売れない女優ジェーンの支えもあって、麻薬を断ち切り、奇跡的に音楽界に復帰を果たそうと奮闘する。
ブルーに生まれついての感想
チェット・ベイカーの半生に恋愛のエピソードを織り交ぜた大人のジャズムービーです。ヘロインに溺れ、歯を失ったことでトランペットが吹けなくなった男と彼を陰ながら支える女性の愛の行方を悲劇的につづった悲しくて儚い物語で、ジャズが好きなら必見の映画ですね。
この映画を見たら、家に楽器がある人は思わず、弾きたくなること間違いなしです。子供の縦笛だろうとハーモニカだろうと玩具のラッパだろうとなんでもかんでも構わずに吹き出す人が続出するでしょう。
演奏シーンもいいし、ジャズに興味がない人やチェット・ベイカーのことを知らない人が見ても、せつなくて心がじんわりするいい作品だと思います。
イーサン・ホークが主人公チェット・ベイカーを演じていますが、ジャズミュージシャンを格好付けずに泥臭く演じていて、とても自然体でした。イーサン・ホークは昔はただのチャラい俳優という印象が強かったけれど、ハリウッドでアップダウンを経て成熟し、大分いい俳優になりましたね。素晴らしい演技でした。
実在のミュージシャンを基にしているものの恋人のジェーンは架空のキャラクターだそうです。よく考えればそうですよね。ジェーンはあまりにも出来すぎた女で、チェット・ベイカーがヘロインに溺れようと、楽器が演奏できなくなろうと、決して彼のことを見捨てずにミニバンで生活しながら、女優を目指し、彼を支えるというパーフェクトな女の設定になっていました。あんな女がいたらみんなたちまち惚れてしまうことでしょう。まずアメリカにはいないでしょうね。
トランペットを吹く度に入れ歯がずれたり、顎が痛んだりとチェット・ベイカーは困難に直面しますが、ジェーンの愛情に包まれながら、少しずつ昔の感覚を思い出していきます。そしてついにカムバックを果たす機会を得ます。
ところが大一番の演奏を前にチェット・ベイカーは合成鎮痛薬メタドンを切らしてしまい、突然自信を失ってしまいます。彼の側にはいつもいてくれる恋人のジェーンもいない。そこでついついヘロインと注射器を手にしてしまいます。次の瞬間マネージャーが楽屋に入ってきますが、そのときのシーンがとても印象的でした。
マネージャーはヘロインを見ても決してムリに止めさせようとはせず、「お前のチョイスだよ」といって楽屋を出て行ってしまうのです。ここで薬に手を出したら恋人のジェーンは間違いなく去ってしまうよ、今まで素晴らしい演奏ができたのはヘロインのおかげじゃなくてお前の実力なんだよ、と言い聞かせながら。
あのシーンは見方によってはマネージャーが冷たい人間ようにも受け取れるでしょう。しかしあの瞬間にドラッグがいいとか悪いとかの道徳を優先させるのではなく、一世一代のチャンスを前にして怯える弱い男の気持ちを察して、他人の人生には決して介入せずに楽屋を出て行く彼の行動は、個人主義のアメリカ人をとても上手く描いているなあという気がしました。
チェット・ベイカーもチェット・ベイカーで、あそこで薬に手を出すことはすなわち大切なものを失うことを意味していることは十分に承知だったでしょう。それでもやらずにいられない。そうしないといい演奏ができない。
彼には音楽しかないからこそ家庭よりも、女よりも、とにかくそのときいい音を出すために邪道な方法を取ってしまうのがなんとも悲しく、同時に映画としては最高のフィナーレだったと思います。
コメント
映画男さん初めまして。
初コメントになります。
鑑賞後ドロりとアドレナリンが出る素晴らしい映画でした。
ラストのシーンでM.デイヴィスとディージーはチェットの演奏を聞いて感動したのか、それとも楽屋でマネージャーが言った『愛がこもってなきゃシンバルも同然だ』の言葉や、チェットの仕草から2人も見抜いたのでしょうか?
その辺は色々な解釈ができそうですよね。感動したというより、向こうの世界に行ってしまった寂しさのようなものを感じてそうですけどね。
本作も映画男さんのレビューを拝見し鑑賞しました。公開当時から気になっていたのですが、元々チェット・ベイカーのファンだったので観ると苦しくなってしまうかなと躊躇していたのです。
実際にそんな事はなく、見事なフィナーレにむしろ腹落ち感がありました。悲劇的になり過ぎない演出にも寄りますが、イーサン・ホークがヘロイン中毒者=芸術家であるベイカーを等身大で体現していたからと感じます。彼は汚れた役が似合いますね。
余談ですが、その後のベイカーは①良い演奏のためヘロインを打つ、②ヘロイン代を稼ぐため多くの演奏・録音をこなすという、負のスパイラルから抜け出せずに生涯を終えました。その為に規制の緩いオランダに移り住んだのですが、この間の録音も大変素晴らしいです。
本作で描かれているのはこうした日々への入口であり、余計に感慨深いです。
イーサン・ホークが素晴らしい演技しましたよね。
私はジャズのジャの字も、チェットのチェの字も知りませんでしたが、これを観て、ジャズってこんなにいい曲なの?と思わずにはいられませんでした。
地味な作品ですが、人生の切なさ、悲しさがたっぷり詰まった作品でした。
ある程度、年齢を重ねていないとこの良さはわからないかもしれないですね。
おっしゃるように、ラストのマネージャーの行動は、印象に残りました。
イーサンホークは昔はアイドルチックなイメージだったのですが、いつの間にか渋いいい役者さんになってびっくりです。
イーサンホーク、渋くなりましたよねえ